伝わる技術 力を引き出すコミュニケーション (講談社現代新書)

名古屋グランパスは、Ｊ２陥落が決まると、主力選手に見切りをつけられて、次から次へと他チームに移籍されてしまっただけでなく、当初予定していた外国人監督にも逃げられと、この時点では、「一体、このチームはどうなってしまうのだろうか」と思ってしまうような、チーム崩壊といった様相を呈していた。そんな状態でＪ２に陥落したチームの監督を、よりによって、川崎フロンターレをＪ１屈指の強豪チームに育て上げた風間監督が、「新しい環境で新たな挑戦をしたい」と言って引き受けたのには本当に驚かされたものだが、全く新しくなったチームを一から作り直して、１年でＪ１に復帰させてしまった手腕も本当に凄いと思う（もっとも、風間監督自身が７８ページで強化部に感謝しているように、夏に補強したシャビエルの存在なしには、この結果はなかったとは思うが）。そんな風間監督が、一体、何を語っているのかに興味を引かれて、本書を読んでみる気になった。その本書では、外から試合やマスコミ報道を見ていただけではわからなかった風間監督の考えが余すところなく語られており、風間監督が、自身オリジナルの指導方法に確固たる自信を持った、決してブレない、信念の人であることがよくわかった。たとえば、Ｊ２での新生グランパスは、風間監督好みの圧倒的な得点力との裏腹で、点を取っても取っても取られるというザル守備がシーズンを通しての課題だったのだが、「グランパスの１年間、自分たちがボールを持ってしっかり攻めれば勝てる、と伝え続けてきました」、「失点の多さはなんとかしてくださいとよく言われたのですが、１年目は本当に気にしていませんでした」、「そもそも、システムについては、選手たちが自分と向き合えて、自分で判断できてからの話だと思います」、（フロンターレ監督就任後の）「１年目のシーズンが終わるまで、私は守備については一切、選手、コーチングスタッフの前で語らないようにしました」など、その言葉の端々から、理想のチーム作りのためには、目先の勝ち負けにはこだわらず、じっくりと、段階を踏んで、着実にチームを強くしていくことを目標としており、その成長過程でのある程度の失点は覚悟のうえだっただろうことが伝わってくるのだ。プレーオフ２試合の戦い方についても、外からは、Ｊ１復帰のために、理想を追わずに、現実的な采配に徹したように見えたのだが、風間監督は、そうした見方をきっぱりと否定している。私は知らなかったのだが、風間監督によると、フロンターレでもグランパスでも、「解任危機」をメディアやネットで取りざたされたことがあったのだそうだ。どこまで信憑性があった話なのかどうかは知らないが、フロンターレがＪ１屈指の強豪チームになるのに５年かかり、その翌年にＪ１初優勝という形でようやく花開いたように、理想のチームを作り上げるために、性急に攻守のシステムを磨き上げるのではなく、まず「選手たちの頭の中を変える」、「自分で考えさせる」というところから入る風間監督の手法は、やはり、結果が出るまでに時間がかかると思う。フロントやファンは、性急にＪ１でのハイレベルな結果を求めず、長い目で見守っていった方がいいと思う。実際、グランパスは、依然として守備陣が手薄で、開幕前に急遽、ブラジル人をレンタル補強している。そんな守備陣を風間監督が２年目にどのように改善していき、数年後のグランパスがどうなっているのか、大いに注目していきたい。