公器の上場戦略―経営者のホンネと市場のタテマエをつなぐプレイヤーのビジョン

世の中、IPO関連の書籍は無数に出回っており、また、IPOの準備作業を指南するコンサルタントも溢れかえっている。なので、それらの書籍やコンサルタント等から上場準備作業の形式的な態様、プロセスを知ることは容易にできる。本書は、それら形式的な情報のみならず、上場の本質、さらには、全ての企業にとっての普遍的テーマである企業価値向上にまで深く掘り下げて書かれている。すなわち、単なる優良企業が、上場により「公器」へとより高次元の存在へと脱皮することの意味、監査法人や証券会社、証券印刷会社など上場企業を取り巻く「プレーヤー」の役割にまで言及しており、また、それらの記述を通じて企業価値向上というテーマについて論じている。本書は、「第1部課題編」、「第2部理論編」、「第３部実務編」の3部構成になっている。一般的なIPO関連書籍に載っている内容にほぼ相当するのが「第３部実務編」である。上場審査のポイントや申請書類の内容など、上場を目指すためには欠かせない情報が載っている。また、少し前に導入された内部統制報告制度（いわゆるJ-SOX）を前提とした上場準備の実務が載っている。「第2部理論編」では、内部統制や資本市場の役割などについて理論的な面からの解説がなされている。ここでは、内部統制をJ-SOXという狭い枠ではなく、リスクマネジメントやコーポレートガバナンスを抱合したものであり、経営者が自身の問題として企業価値向上ということを考えたときに向き合うものとして解説されている。そして、「第1部課題編」では、近年の資本市場の課題と「市場を適正化する20の視点」として、それらに対する筆者の提言が書かれている。管理部門の役割（新しいカタチ、シェアードサービス化、タイムマネジメント）やリスク管理、内部統制、上場企業と「プレーヤー」との関係、そしてIFRSに関する対応にまで言及している。ここでは、国際的な会計事務所のパートナーである筆者の経験と思想が込められており、論点によっては賛否が分かれるかもしれないが、資本市場に向き合ってきた者にとっては、読み応えがあるパートだ。「課題編」における筆者の主張の数々や「プレーヤー」、「ビジョン」といった独特の言葉遣いなど、ややクセが強い本ではある。一方で、（広義の）内部統制構築、運用を通じた企業価値向上というテーマについて考えを深めるにはとても優れた1冊でもある。内容が専門的なので全てを理解するのは難しいかもしれないが、これから上場を目指す企業のみならず、既上場企業、非上場企業の経営者、そしてその参謀達が、内部統制関連で1冊だけ読むとしたら本書が最適だと思われる。